国際バイオリズム協会

バイオリズムとは

バイオリズムイメージ

バイオリズムの父、ジョージ・S・トーメン著/白井勇治郎 訳

「バイオリズムの基礎」より「はじめに」から抜粋

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ジョージ・S・トーメン

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白井勇治郎

人間が時代とともに進化するにつれて、物証を疑う能力も一段と進化した。20世紀初頭に、心ある人達が、人間のムードが日々に変化するのは、なぜが、という疑問についてたいへん綿密な調査を始めた。多分、この人々は、精神分析学者や医師であり、人間の行動とか感情の問題については、自分たちが、他の人々よりも身近な立場にあると考えたからであろう。自然科学に、理性と論理を適用するという風潮は、当時の科学者達の注意を引いた。すなわち、この問題解決の手がかりになりそうに思えたからである。いっぽうでは、数学のような整然とした法則を適用することは、人間知識の複雑な領域のなかにひとつの明確な秩序を探し求めることに、これまで成し遂げてきた進歩を、混乱させ目茶苦茶にしてしまうだけかのように思えた。しかし、人間の存在も、他の自然界のパズルを構成する幾多の部分と同じように、その根底には、論理的な分析と洞察に耐えうるある秩序整然とした基盤があるかもしれないということを示唆する若干の現実的な証拠が存在するように思えた。

事物の生物学的機構への数学の適用は、バイオリズムと呼ばれた。文字どおりいうなら、この科学を生物数学(bio-mathematics)として考えることもできる。いずれにしても、原則は、はっきりしている―――自然は、数学で解析できる。したがって、数学を、人間活動を探求するための道具、さぐり針として利用することによって、自然、特に人間を正しく洞察することができる。
数学は、この意味において、行動や経験に関する法則、あるいは予言というよりもむしろ補助的な、もしくは手引き的な意味で、ここでは使用される。私は、これまでにリズム理論を支える動かしがたい証拠が圧倒的に多いことをしばしば発見してきた。しかし、それだからといって、これからのページで述べることを、なんの疑いもなく受入れるべきである、と主張するのではなくて―――それは、読者のみがきめることである―――この証拠が圧倒的に多いという事実が、私自身この問題に精通するにいたったゆえんであることを理解していただきたいためにのべているのである。

読者の前に追々提出されるいくつかの主張は、率直にいって、非合理で大げさだと思われるかもしれない。重要な点は、私がバイオリズムを知ったとき、私にとっても、それが、まさに信じがたいものと思われたということである。この理由のために、私は読者に寛容をお願いしたい、すなわち、なにものにもとらわれない心で本書に接し、提出された論議や証拠を、読者自身が納得ゆくまで探求されんことを。
私自身の人生において、バイオリズムの価値を認識するにいたったゆえんを考えて、私は、読者に寛容をお願いする。本書は、我々がすでに知っていることについてのみ語り、説明することができるのであって、書かれていることを評価するというむづかしい仕事をなしとげるのは、読者である。私と同じように、あなたの体験も、みのり多きものとなることを期待する。

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